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伊勢参宮古道越え神宮初詣

みなさん、こんにちは。happy01

慎ちゃんです。

伊勢市は風も強くとても寒い日です。

昨日は、伊勢参宮古道の「竜ヶ峠」を越えて、伊勢神宮(内宮)へ初詣。
と言う事で、8時30分に矢持町を出発して、11時30分頃に内宮前に到着しました。
私は、7時にワクワク7を迎えに行き、7時30分に猿田彦神社前で3名を乗せて集合場所の久昌寺へ8時に着きました。
私達も楽農村を代表して主催者側に入り、お手伝いをさせていただきました。

伊勢市横輪町と矢持町は一宇郷地区ともいいますが、平家の落人の村としても知られています。
矢持町菖蒲には知盛山久昌寺という寺があり、平家と縁があります。
平知盛は壇ノ浦の合戦で源義経に敗れ、安徳天皇をはじめ平家一門の入水を見届け自らも海に身を投じ果てた。
が、伝説によると知盛は、実は生き延び、平家の再興を願い、従者30人と共に、紀州の南海を廻り、五ヶ所湾あたりから山越えをして、前山に隠れ住んだ。その後神宮長官の保護を受け、北条時政による探索をのがれ、鷲嶺の峰をこえて菖蒲の里に移り住んだ。
その知盛の死後、菖蒲の墓地に御堂を建て菩提を弔ったのが、「知盛山久昌寺」である。
ここには「当地草創久昌寺殿従二位新中納言平庵知盛大禅定門」と書かれた位牌が祭られている。
「伊勢志摩きらり千選」HPより参照

久昌寺では、案内人の中瀬さんの説明を聞き、お寺の鐘をゴーーンと突かせていただき、今年も良い事が起こりそうな予感が・・・。

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参加者は約20名で、4歳の女の子から70歳超えのおじいさんまでがんばって峠道を歩いていました。
途中には、第二次世界大戦の時に地区の護衛に付いていた兵士が炭を焼いていた釜の跡や茶屋の跡地、平家の時代の合戦の云われのある「隠れ岩」や「馬落とし」など、所々で中瀬さんの解説が入り、とても楽しかったです。

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峠口から頂上までは、1時間弱で着きました。
風もそれほど強くなく、日差しが心地よい頂上での休憩となりました。
アイティービーさんからも3名の取材陣が一緒に登り、参加者さんにインタビューをしていました。

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頂上での休憩を終えて、今度は内宮側へ下ります・・・。
下りは神宮林を通るので、登りの植林の山とは雰囲気がガラリと変わります。
所々には小さな滝もあり、昔の人達の生活道路としての一面も感じる事が出来ました。
内宮の裏側の高麗広地区に12時少し前に着き、内宮までゆっくりと歩き内宮前に12時30分頃に到着しました。

私とワクワク7は、帰りに横輪町の畑に寄ってお世話になっている惣松さんに挨拶をしてきました。
そしたら、畑のすぐ横に「フキノトウ」が自生しているのを教えてもらい収穫してきました・・・。

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「伊勢参宮古道」の初詣に参加していただいた皆様、お疲れ様でございました。
皆様にとって、幸多い年となりますように。
企画運営者の中瀬誠一様、日頃からの古道の整備活動、身体の優れない中、本当にお疲れ様でした。

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